60歳だから海外個人旅

海外旅行が高嶺の花だった時代、映画の中の外国は、途方もなく遠く、憧れだった。今、外国は近くなった。しがらみから抜け出し、自分らしく自由に旅しよう!

パラオ7日間

2月6日(日)。 ぺリリュー島歴史探索ツアーへ。

ホテルでルームサービスの朝食をとる。

今日は3人で同じツアーに参加。

現地申し込みなので 割引き無しの 1人 120ドル(ホテル送迎、ドリンク、昼弁当、ぺリリュー島許可証5ドルを含む)
割引き無しならと、別なツアー会社にしてみる。

8:30分迎えのワゴンに乗って着いた所は パラオロイヤルリゾ―ト。

エントランスをぬけ左奥の桟橋わきのベンチに座って、名前を呼ばれるのを待つ。
顔なじみなのか、お客と親しげに言葉を交わしている係員がいて、昨日のツアー会社と雰囲気が違う。
このホテルの宿泊客が多いのだろう。

高速船に乗って、ぺリリュー島をめざす。
潮流の状況によって変わるが、今日は 約1時間で着くそうだ。
お客は、私達3人を入れて合計8名。

野生生物保護区となっていて立ち入れないセブンティアイランドを右遠くに見ると、正面にぺリリュー島が見えて来た。

ぺリリュー島に着き、トイレを済ませて車に乗り込む。

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歴史が不得意で、戦争も知らない私は、パラオと日本軍とのかかわりについて全く知らなかった。
パラオが 第一次世界大戦後 日本の委任統治領であった事も、第二次世界大戦で、太平洋上の 重要な軍事拠点の一つとして整備が進められ、ぺリリュー島で1944年9月半ばから11月末にかけて アメリカ軍との間に激しい戦いがあった事も知らなかった。
漠然と 南方での戦闘は全滅に近かったという話は聞いているが・・・・・。

戦争の悲惨さを後世に伝える資料館は、広島原爆資料館や沖縄のひめゆりの塔、特攻隊の知覧や鹿屋を訪れた事があるが、外国で 当時の状態をそのまま保存してあるのを見たのは初めてだ。

透明度の高さと魚影の濃さからダイビング目的で訪れる人が多いパラオの美しい海で、66年前 激しい戦闘があったのだ。

日本人墓地の一角にある慰霊碑に、ガイドが持参した線香を手向け、水を注いで 合掌 。

指令本部跡
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重要機密文書等を入れておいた部屋の扉
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指令本部脇に掘られた地下壕入り口(写真中央の黒く見える所)
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夏草や・・・
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日本軍の戦車
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アメリカ軍の水陸両用戦車
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洞窟に据え付けられた高射砲
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南海の楽園での戦闘・・・・・ 海の青さと・・・・・空の青、  まばゆい光の中で・・・・・

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ぺリリュー島を離れる

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干潮時にあらわれる砂州(ロングビーチ)が見える

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コロール島に帰って来た
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  1. 2011/03/01(火) 17:02:20|
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